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黒川温泉採用情報

2026.01.21  

黒川塾・第4講『手形を知る』

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12月10日、晴れ。
冷たい空気がすこし和らいだこの日、私たちは「黒川塾」第4講を開催しました。

「黒川塾」とは、黒川温泉の未来を担う、観光人財・若手リーダーの育成研修です。
接客マナーや接遇を学ぶのではなく、自ら考え抜くことやチームで働く力といった、これからの時代に活躍する観光人財・リーダーに必要とされるスキルを培うことに重きを置いています。

今回のテーマは「入湯手形を知る」。
講師には、家具職人としてかける木工舎を営む、當房こず枝さん(以下、當房さん)を迎えました。黒川塾では、入湯手形についての講義を毎回担当していただいています。

塾生たちと一緒に、作り手の視点から見る入湯手形について向き合う一日になりました。

一人の職人が守ってきた手形の重み

まずは座学からスタート。
誕生からまもなく40年を迎える手形の歴史について学びます。

これまで黒川温泉でお客様へ届けられた手形の累計販売数は、なんと335万枚。圧倒される数ですが、実は数年前までたった一人の職人が製作を担ってきました。
どこか遠くの大きな工場で、機械が量産しているわけではありません。一人の人間が木と向き合い、気の遠くなるような手間をかけて、一枚一枚を仕上げてきました。

7年前から製作現場には徐々にサポーターが増えていき、木を切る人や仕上げを担う老人会の存在など多くの方々に支えられ、年間約7万枚の入湯手形が黒川温泉で流通しています。
自然素材を扱う大変さはありますが、続けてきたからこそ黒川温泉のシンボルになっていきました。

数年前まで、南小国町の地域おこし協力隊だった當房さん。
現在は工房を運営する会社経営にも足を踏み入れ、入湯手形の存続に力を入れて活動されています。

なぜ手形を作り続けているのか。
答えはとてもシンプルで力強いものでした。

「私たちは、単に手形をつくっているのではなく、この黒川温泉の景色をつくっているんだ、という自負を持っています。手形があるからお客様が温泉街を歩き、その風景が黒川らしさをつくってきた。この手形一枚一枚が、黒川の大切な景色の一部だと思うんです。」

東京ドーム5個分の森を整備してきた手形の循環

手形の歴史背景を学んだあと、実際に山へと入りました。
材料のヒノキが育つ、南小国町の山です。

伐採といわれる工程は、木の成長が遅くなる冬にだけ行われます。水分が少ない時期に切ると、加工したあと割れにくく、色艶も美しい手形になります。寒さの厳しい冬の仕事が、入湯手形の仕上がりを大きく左右するほど重要なものなのです。

ここで教わったのは「間伐(かんばつ)」という営みです。

森に植えた木を何もせず放っておけば、木は互いに成長するばかりで窮屈になり、生い茂っていく枝葉はやがて太陽の光をさえぎってしまいます。手入れをされない森では、木は途中で枯れたり、幹が太らず細いまま伸びてしまうそうです。そうなると用途は限られ、やがては行き場なく捨てられてしまうことも。
そういった木材に手形という「役割」を与えることで、適度に木を間引くことができ、結果的に森が健康な状態を維持することを助けています。

手形をつくることで整備してきた森の面積は、累計22万平方メートル。これは東京ドーム約5個分に相当する広さです。

町内で育てた木を、町内で加工し、町内で使う。

単なる消費ではなく、黒川温泉を訪れるお客様が湯めぐりを楽しむことで森の整備も循環する。全国でも珍しい、誇らしい取り組みです。

當房さんは、道中あえて状態の良くない森も案内してくれました。

快晴にも関わらず差し込む光はほんのわずか。
折れ曲がったまま枯れている木が目立ちます。

人の手が入らなくなると何が起きるのか。黒川温泉を取り囲むように存在する広大な森にも、同じことが言えるかもしれません。

自分の足で歩き、目で見ることで、頭の中の知識が実感として繋がっていきました。

五感で知る

山を降りて向かった工房では、前述した職人・有限会社河津開発の河津良隆さん(以下、良隆さん)たちに迎えられ、いくつもの作業工程を見せてもらいました。

手形の製作は、単に木を輪切りにするだけでは完成しません。
山から運び出した丸太を大きな釜で「煮て」、熱いうちに「皮を剥ぎ、磨く」。さらに数ヶ月かけて、室温管理をしながらじっくりと乾燥させていきます。完成まで、最低でも17の工程が必要なのです。

本来、丸太というものは99%割れるのが自然の摂理だそう。
良隆さんは、お客様の手元に入湯手形が割れずに残るようにと、こつこつと改良を重ねてきました。その試行錯誤は40年を迎える現在でも続いています。

塾生たちは交代で皮むきを体験します。
長年の経験から、かたちの異なる木でも瞬時に扱いやすい方向を見つける良隆さんの目利き、手つき。真似てもなかなか思うようにはいきません。茹でたての丸太はずっしりと重く、「こんなに大変なんですか…」と絶句する声も聞こえてきます。

この日の体験は、普段の仕事や暮らしでは関わることの少ないことばかり。

茹でたての皮がつるんと剥けるたび、工房中にヒノキのいい香りがひろがって自然と笑顔を誘います。快晴も手伝って、じんわり汗をかくほどの力仕事になりました。

「この人たちとなら」という共鳴

一日の締めくくり。
當房さんは、手形製作を引き受けた当時の思いを振り返ります。

「良隆さんとたった2人での製作。あまりの大変さに、自分にはできないと考えていたんです。でも、懸命に温泉地を守ろうとする若女将や旅館経営者の姿を近くで見ているうちに、この人たちのためにならできるかもしれない、という気持ちになっていって。同じ時代を生きるこの人たちとなら、一緒にやっていけると思うようになったんです。」

この土地には『黒川温泉一旅館』という温泉街全体をあらわす言葉があります。

ひとつひとつの旅館は“離れ部屋”
旅館をつなぐ小径は“渡り廊下”
自然の景観は“宿の庭”

温泉街全体がまるで一つの大きな旅館のように自然に溶け込む、唯一無二の場所。
その景色は、入湯手形を首にかけ、湯めぐりを楽しむお客様の姿があってこそ成り立っています。

───  黒川温泉を支える人たちの思いに応えたい。
當房さんのまっすぐな共鳴に、参加した塾生からはたくさんの言葉が寄せられました。

「お客様への手形を販売するとき、伝えていた内容が足りなかったと感じる。今日こうして背景を知って、自分の手で皮を剥いたら、手形がなんだか温かい生き物みたいに思えてきました。明日からお客様に手渡すときの気持ちがかなり変わっています。」

「販売しているすべてのお客様に、手形のすべてを伝えることは難しいかもしれない。WEB上でもその背景を見てもらえるようにしたり、多く露出できるように行動していきたい。」

「普段の仲居という仕事のなかでは手形に直接触れる機会が少ない。自分が参加して学んだことを旅館の仲間にも伝えることで、旅館だけでなく黒川温泉そのものの魅力をお客様に伝えられるきっかけになった。」

 

それぞれの旅館へ戻った塾生たち。
自分に出来ることを改めて考え、少しずつアクションをはじめています。

─ あとがき ─

そのものの歴史や背景を知っていると、お客様へ商品を手渡す瞬間、自分の指先の感覚さえ変わってくるような気がします。

手形をつくることで守られる森のことや製作者の存在、手形の売り上げがつくる様々な循環。それらを自分の言葉で語れるようになった塾生の皆さんにとって、手形は単なる商品ではなく、自分たちが守っていく景色の一部。そして誇りをもって届けられる、黒川温泉の小さな分身のようにも見えているのではないでしょうか。

「実はこの手形、町の木を使って一つ一つ手作りしているんですよ!」

温泉街でそんな一言が聞こえたら、誰かの旅がちょっと楽しくなっている瞬間です。

私たちはこれからもこの小さな手形を通して、黒川温泉の物語をたくさんの仲間たちと語り継いでいきます。

今回、黒川塾の受け入れをしてくださった當房さん、良隆さん、工房の皆さん。
貴重なお話と体験の機会をありがとうございました♨

取材・撮影/白水ゆみこ

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皆様にお会いできることを、心より楽しみにしています。